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© 2016 by エフ・エム・エス / Emi CHATEAU-HIRASAWA

作家由希子(パティシエ/「NANAN」共宰)

 Yukiko Sakka(さっかゆきこ) 1982年東京生まれ。2003年、短大を卒業後、渡仏。FERRANDI製菓学校で受講し、ライセンスを習得。その後、数々の店舗・レストランでパティシエとしての経験を積み、2015年冬、かつての同僚でもあるソフィー・ソヴァージュ氏と共に、自身の店「NANAN」を開店。

 

 

 

 

築き上げた「自分の居場所」から発信

「美味しいお菓子」をより身近に

 

 

 十数年の間に、様々な形態のお菓子の現場をいくつも経験した作家由希子さん。反復することによって日々身に沁みついていった技術や知識、見つめることによって浮き上がってきた様々な経営者像。パティシエになることは、小さい頃からの夢ではなく、「やっていくうちに見つけた」自分の道。長くパティシエとしての仕事を続けていくため築き上げた自分の店「NANAN」では、美味しいお菓子をより身近に感じてもらうため、日々お客様と向き合う。

 

 

 

 

   

洋菓子に憧れた少女時代

 

 「果物がおやつだった」という少女時代の作家由希子さんは、正直お菓子に少し憧れていた。そんな彼女が、母親が買っていた料理本のレシピを見様見真似で初めて作ったお菓子が、ドーナツ。家族に、「美味しい」と喜んでもらえたことが嬉しかったこともあり、それからも本を見ながらクッキー、シュー生地、ショートケーキといった身近に感じる洋菓子作りに挑戦するようになった。「独学というより自学」で奮闘する彼女を見て、両親もお菓子の道具だけは色々買ってくれたのだと言う。かくして、お菓子作りは作家さんの「趣味」となった。

 

両親に初めて買ってもらったシフォンケーキの型は今でも愛用している

 

 

  

語学ではない「なにか」を学びに

 

 そもそも「パティシエになるつもりはなかった」という作家さん。短大在学中にも、卒業後すぐに就職するのではなく、4大に編入か、海外への留学を考えていた。留学とはいっても、いわゆる語学留学ではなく、将来の自分の仕事になるような勉強をし、手に職をつけたいと思った。そこで思いついたのが「お菓子の勉強」。短大では英語を選択していたこともあって、「英語でお菓子を学びたい」と、当初は英語圏での学校探しをしていたが、彼女が主に作っていたものが「フランス菓子」だったということもあり、フランスに行くことに。こうして2003年秋、パリのFERRANDI料理専門学校の外国人枠(英語での講習)に入学し、7ヶ月間、10人ほどの小さいクラスでフランス菓子の基礎を学ぶこととなった。講習者はほとんどが素人。日本人は、作家さんただ一人だった。

  

 

 

宝石のようなお菓子の世界

 

 7ヶ月の講習後、5ヶ月間の修行を開始することとなった作家さん。学校が斡旋してくれた研修先は、パリ屈指の高級ホテル、プラザ・アテネ内にあるティールームのパティスリーセクション。厨房にはBRIGADE(ブリガード=チーム)を構成するシェフ、ス・シェフ、コミ、アプランティ達が常に忙しそうに動き回っていたが、その末席に位置する研修生達は、仕事が出来ないのが当たり前と考えられ、時には洗い物すらさせてもらえないことも。それでも「ラッキーなことに」、人手が減少するバカンスシーズンが重なったため、「食材に触わらせてもらうことができた」のだという。

 

 

 世界中から集まるゲストを満足させるために創造されるデザートたちは、どれもが洗練されていて、まるで全てが「宝石のようだった」と目を輝かせて思い返す作家さん。伝統的なお菓子でも幅広く展開する創造力を目の当たりにして、「お菓子ってこんなにすごいんだ!」と感激した。パティシエ・シェフを務めていたのは、今を時めくカリスマ・パティシエ、クリストフ・ミシャラク氏。研修生にとっては、まるで雲の上の人のような存在だが、そんな彼にある日、使用後の厨房の掃除が完璧にできていなかった、と厳しく注意された。「トップレベルの仕事をしろ」という彼の言葉は、今でも「楽をしようと思えばいくらでもできる」、と甘えたくなるような時に思い出すと、「背筋が伸びる」のだそう。

 

 

 

いつの間にか学んでいた

 

  2004年秋、作家さんの研修先となったのが、パリ20区にあるパティスリー、Sucré Cacao (シュクレ・カカオ- 89 avenue Gambetta 75020)。ノエル(クリスマス)に向けての繁忙期を過ごした。ビュッシュ・ド・ノエルだけではない様々なノエル関連のお菓子を提供する、お菓子の知識の深くアイデア溢れるシェフに、イベント菓子の楽しさを学んだ。下仕事の多い、大変な現場だったが、その分打たれ強くもなり、「引き出しも増えた」と語る作家さん。その次に、今度は初めてパティシエとして雇用されたのが、人気ブランジェリー・パティスリーArnaud Delmontel (アルノー・デルモンテル- www.arnaud-delmontel.com)。一年間務めたこの店では下仕事だけではなく、計量からビスキュイやムースといったベース作りと、「1から10まで学ぶことができた」。毎日反復するルーチンワークのような作業だったが、続けているうちに「いつの間にかできるように」なっていたと言う。全体図を描き、ベースを理解することで、応用していく術を学び、一年を通しての客の動き、商品のラインナップの流れを読めるようにもなった。

 

 

 

経営者としての姿勢

 

 日本人の同僚がかつて務めていたという、サンジェルマン地区にある名門店、Gérard Mulot(ジェラール・ミュロ- www.gerard-mulot.com/)。噂には聞いたことはあったけれど…と足を運び、チョコレートムースのケーキを買って口にした瞬間、衝撃を受けた。その口当たり、そしてしっかりとした素材の味。それから何日も通い続け、すっかり虜になってしまった作家さんは「ミュロで働きたい!」と、裏口の扉をたたいた。こうして2006年から、生菓子の現場に飛び込むこととなった作家さん。当初は3か月間の研修、ということだったが、この後正社員として5年半勤務することとなる。ミュロでは、お菓子の種類も、そして客数も驚くほど多い。厨房は狭かったが、その効率の良さは、「小さいところから大きくしていった」という、長い年月をかけることによって築き上げられたノウハウによって裏付けられていた。

 

 Gérard Mulot の厨房スタッフ達と

 

 ミュロ氏の、シェフとして、そして経営者としての姿勢にも日々感動することが多かったという。毎朝スタッフ全員と挨拶をかわし、お客様がいるときに店頭に商品が並んでいないと、真剣に怒る。週3日ランジス市場を訪れ、自ら素材を厳選し、仕入れる。素材、スタッフ、そして客に対してのリスペクトに溢れる彼の立ち振る舞いは、後の作家さんに多大な影響を及ぼすこととなる。パレスホテルのような華やかさはないかもしれない。それでも、それまで食べようと思わなかった「タルト」もとにかく美味しいと感じることができたのは、ミュロ氏の温もりが詰まっていたからかもしれない。 

 Gérard Mulot 氏と

 

2009年には、ブルゴーニュで開催される菓子コンクールの飴細工部門で二等を授賞。プラザアテネの研修時代に、シェフが手掛けていた飴細工の美しさに心を惹きつけられてからというもの、時が経つのも忘れ、「いつか絶対細工物を」と練習を重ねていた。小さな細工を施していくという技術も、「常に面白いアイデアを探そうとする習慣」も、このように経験を積み重ねることによって培っていったものだ。

 

  

「料理人の発想」

 

 2011年夏、ミュロを退職し、作家さんが次に向かったのが、世界一と謳われる三ツ星シェフ、ピエール・ガニエールのレストラン。一日丸々拘束されるという仕事量だったが、「行っていなかったら今の自分はない」と断言するほど、濃い時間を過ごした。店頭で見て選ぶのではなく、お皿に盛られるお菓子。食事を印象付け、お客様の満足度にも直結するのが、最後に出てくるデザートだ。これは、料理との関係性、またコンセプトの一貫性などを考慮せずしては成立しない、パティシエの技量が試される一皿となる。そこで彼女が学んだのが「料理人の発想」。厨房は、いわゆる「お菓子屋さんの材料」以外の、見たこともないような食材に溢れ、お菓子の可能性を広げるヒントが無限にある場所でもあった。

Pierre Gagnaire の厨房より

 

 ガニエール氏は、常に素材に向き合い、レシピにも固定概念にも縛られることなく感覚的に食材を変貌させていく「アーティスト」でもあり、どこまでも「味」を追求する究極の料理人だった。ベースを知ることは必要だが、その他の可能性もとことん追い求める探究心、材料を知るということ、そして「無駄のない足し算の料理」法を目の当たりにして、作家さんのそれまでの世界観、「お菓子」観もが覆されたようだった。また、世界中から「トップを目指して」集まった、料理人、ソムリエ、給仕人、そしてパティシエといった食の各種プロが勝負する現場は、大きな刺激、そしてプレッシャーになったと同時に、彼女の世界を一気に広げてくれた。

 

Pierre Gagnaire、パティシエ・チーム

 

自分が仕事を続けられる場所

 

 ガニエールで1年半働いた後、日本人シェフがオープンするフレンチ・レストランESで、初めてシェフ・パティシエとして働くこととなった作家さん。シェフに提案、そして相談しながら、クリエイションしていくコースメニューのデザートの構想に日夜明け暮れた。「アイデアが出てこないときはとっても大変。でも思い描いたものが形になった時の達成感、お皿が空になって戻ってきたときの喜びは、やみつきになる」と作家さん。「お菓子を一から創り上げていく」大変さを思い知り、経営者として店を切り盛りするシェフを見ながら、「お店を作るのがどういうことなのか」考えた。

 

 

 それでもいつの間にか、何か違和感を感じ始めたのは、初めてパリに来てから10年もの月日が流れていたことに気づいたからだろうか。もやもやしたものを胸中に残しながらも、元同僚シェフに誘われて、他の店でもシェフ・パティシエを務めるが、その思いは募っていくばかり。「お菓子を作るのは大好きだけれど、熱意を込めてやっても、返ってくるものに満足がいかなくなってしまったんです。この先このまま続けていくのか。今この時だからこそ、自分のやりたいことに忠実に生きていかないと、気力的にも体力的にもタイムオーバーになってしまうのでは。」そこで、彼女が行き着いたのが、「自分の店を持つ」という発想だった。

 

 

 

美味しいお菓子を、より身近に

 

 心から信頼できるという元同僚のソフィーさんと共に、共同で経営する彼女たちのお菓子屋さんの構想を本格的に練り始めた。お金、ビジネスプラン、時間…。必要なものはたくさんあったが、それ以上に「自分たちの店で作る、自分たちのお菓子を食べてもらいたい」という想いが膨らんでいった。

 十数年、様々な場所でお菓子を作り続けてきた作家さんは、技術を磨くと同時に、お菓子をこよなく愛する「フランス人」のこともたっぷり学んでいた。「やわらかいもの」や「甘さ控えめ」なお菓子が好きな日本人に対して、フランス人は濃厚な味に、歯ごたえがあるものが好みな人が多い。また、お菓子は、フランス人の食生活の一部として、なくてはならないものだ。パティスリーに並ぶお菓子たちも、「お誕生日」や「クリスマス」といった特別な時だけのものではなく、日々口にするおやつとして、彼らの生活に浸透している。だからこそ、お菓子をより身近に感じてほしいからこそ、とびっきり美味しいお菓子を、良い素材を使いながらも手に取りやすい価格で提供できるようなお店にしたいと思った。「ミュロであり、ガニエールであり」。

 

 

共同経営者のソフィーさんと

 

 

お客様と向き合うお菓子作り

 

 作家さんのパティスリー「NANAN」は、11区の庶民的な地域にある。それは、店舗を探す際に行ったリサーチで、「住民が多い割りに、比例すると極端にパティスリーが少ない」という事がわかったから。器材を揃え、工事を進め、食材の仕入れなどの手配などを終え、やっとのことで開店したのが2015年12月。年内最大の繁忙期、クリスマスシーズンだった。しかし、店の前で物珍しげに見ていく人はいても、店内まで入りお菓子を買ってくれる人はほとんどいない。どれだけのお菓子を仕込めばよいのか、どうやって客を確保していけばよいのか、わからないことだらけで挫折してしまいそうだったが、「大変なときにどれだけ踏ん張れるか、それも試練」と思いモチベーションを保つよう心がけた。そして半年が過ぎ、一年が経って、再度訪れたクリスマスの頃には、常連もつき、納得の行く数字も出せるようになっていた。

 

 開店当初は、伝統的な洋菓子で勝負したい、と頑なに考えていた作家さんだが、お客様からのリクエストが相次いだため、抹茶を使ったお菓子も作るようになったという。「いかにも日本人です!っていうレッテルを貼られたくなかったから」、あえて意識的に避けていた日本の食材も、それが「お客様が求めているもの」なのだとしたら、向き合っていかなければならない。それが、「パティシエ」として、「経営者」としてあるべきなのだから。ふと立ち止まり考えるたびに、今まで出会ったシェフや同僚たちの言葉が蘇る。

 

厨房の器材を愛でるように見つめる作家さんに、「今の目標は何ですか?」と聞いてみる。

「ほうじ茶を使ったアイスクリームが作りたいんです」。

はにかむ彼女の瞳は、少女のように、きらきらしていた。

 

 

 

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作家由希子さんのパティスリー

 

 

パティスリー・ナナン

昔の言葉で「砂糖菓子」という意味を持つ名の、作家さんと共同経営者のお菓子屋さん。「一つ一つのお菓子に物語がある」と語る作家さん自慢の「宝石」たちには、素材の味がしっかり染み込んでいる。

 Pâtisserie Nanan

38 rue Keller 75011 Paris

+33(0)9 83 41 38 49

営業時間 10時-20時

月火定休

https://www.facebook.com/patisserienanan

メトロ Bastille

 

 

 

はまった食材の「一番美味しい」を探す

 

食べることが大好き、と語る作家さん。好き嫌いはないが、ひとつの食材にはまると、「それだけ延々と食べ続ける」ことができるのだとか。「ここのが一番美味しい」と思ったら、目当ての品を求めて、通い詰める。現在はまっているのが、ブルーチーズ。そして、彼女が「一番美味しい」と思うブルーチーズを手に入れるため通うのが、カリスマ・フロマジェ LAURENT DUBOIS。パリに3店舗ある彼の店は、世界中のチーズが所狭しと並び、まるで博物館のよう。その他にも、大好きなキノアを求めて、オーガニックショップを訪れるのも、楽しみの一つなのだそう。

 

 

作家由希子さんご用達の店

 

フロマージュ・ローラン・デュボア・パリ

FROMAGES LAURENT DUBOIS PARIS

47 Ter Boulevard Saint-Germain 75005 Paris

+33 1 43 54 50 93

営業時間 火-土 8時-19時45分 日 8時半-13時

月・火定休日

メトロ Maubert-Mutualité

www.fromageslaurentdubois.fr/

 

 

アミチ・ミエイ

フレンチ同様、イタリア料理も大好きな作家さんが、10年近く通うという店。

予約不可能なため、常に客でごった返していて、30分近く待たされることもよくあるが、キビキビ働くスタッフや他のお客を眺めながら、カウンターで一杯飲み始め席が空くのを待つのも楽しみなのだとか。

食べると元気が出るというパスタ。最近は海鮮パスタにはまっているのだそう!

AMICI MIEI

44 Rue Saint-Sabin, 75011 Paris

+33 1 42 71 82 62

営業時間 12時00–14時30, 19時30–23時00

日月定休

Métro : Bréguet Sabin

www.amicimieiparis.com/

 

Remerciements: 

Yukiko Sakka, Nanan

 

 

 

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稲沢貴雄(料理人/「CUISINE」共宰)

ChibiRu(手ヅクリ家)

加藤亨延(記者)

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