#ParisMonogatari 

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© 2016 by エフ・エム・エス / Emi CHATEAU-HIRASAWA

岩本みずえ(鍼灸医師)

 Mizue Iwamoto(いわもとみずえ) 東京生まれ。1994年渡仏。パンテオン・ソルボンヌ大学在学中に、中国に渡り、雲南中医学院、遼寧中医薬大学で、中医学を学ぶ。2009年、鍼灸医師の国際ライセンスを習得。2011年パリで鍼灸診療所を開設。

 

 

 

 

東洋医学が導く癒す術を

西洋文化の中で活かす

 

 

 鍼灸とは、細い針をツボに刺入することで刺激を加え、疾患の治療を促す施術のこと。中国に起源をもつ伝統的医療で、2010年ユネスコの無形文化財にも登録されている。 思いがけない形で中国に渡り、東洋医学に触れ、鍼灸医師となった岩本みずえさん。手にした職を活かしていくのは、「パリでなくてもいい」と思っていたが、人々に支えられ、求められるうちに、いつの間にかパリで鍼灸医師として生きるようになった。

 

 

 

  

母の気持ちに応えるために、渡仏

 

 造形デザインの勉強をしたいと考えていた岩本さんは、地元・広島でデザイン系の会社を経営していた母親の「いずれは後を継いでほしい」という気持ちに応えるための「修行」として、言われるままフランスに留学することに。「海外に行けるならどこでもよかった。当時は何も考えていなかった」と語る岩本さんだが、「勉強すると決めたらきちんとできるように、まずは語学を」と計3年、パリの語学学校に熱心に通った。しかし、パリで暮らすうちに、いつしか「デザインよりも、美術史を学びたい」と思うようになっていった。

 

  

人付き合いが苦手

 

 いずれは美術のキュレーターに、と最終的にはルーブル美術大を志望し、度々受験するが、失敗。ちょうど3回目の受験の頃に、パンテオン・ソルボンヌ大学に入学することが決まり、本格的に美術史の勉強を開始する。しかし、修士課程中の研修で、美術関連のプロの仕事を観察するうちに、「この世界ではきっと生きていけない」と痛感したのだという。人と人との関わりや、コミュニケーションから作り上げられる美術の企画を興すには、高い社交性を求められる。「人付き合いが苦手」と自覚した岩本さんは、どんなに頑張っても、仕事をとってくることも、仕事に繋げていくこともできないのでは、と戸惑った。「学術や知識だけを深めていって、この先どうなるのだろう」。

  

 

 

パートナーを通して出会った中医学

 

 岩本さんの当時のパートナーは、パリ出身のフランス人医学生。しかし彼は、主に化学薬品や外科的治療に重みを置く西洋医学に疑問を抱いていた。科学的かつ分析的な医療だけでは、病を克服することはできない。西洋で「普通」とされる治療法だけでは、患者の心身全体の調和を導き出すのに限界があるのではないか。患者の治療能力を育てていくことも重要な医療なのではないか… こうして彼は Médecine douce(メドゥシーヌ・ドゥース=代替医療)、そして東洋医学に興味に持ち、中国に留学することを決める。

 

 

 岩本さんは、大学在学中ということもあり、そのままパリに留まったが、彼に会うために何度か中国(天津市)を訪れた。それは、ちょうど岩本さんが、自分の「美術史家」としての将来に不安を覚え始めた時期と重なる。中国の文化や美術に魅力を感じたこともあり、また彼と共に暮らすためにも、中国に渡ることを決意。こうして2002年、彼の留学先・天津市に移り、「とりあえず」は中国語を学ぶことにした。ところが、当初の「1年」が「2年」となり、いつの間にか、共に中医学を学ぶこととなり、最終的には「8年」もの月日を中国の地で過ごすこととなった。

 

私立病院でのインターン初期

 

 

本場で学ぶ

 

 

  天津市で中国語を勉強した岩本さんは、本格的に中医学を学ぶために、中国南部・昆明にある中医薬大学に入学し二年間、中医学の基礎を学んだ。専攻過程では数々の選択肢があったが、その中から彼女が選んだのが「鍼」。彼から話を聞き興味を抱いたということもあったが、自分の将来のことを考えたときに、「消毒液と鍼さえあれば、どこでも実践できる「鍼」に魅力を感じた」と岩本さん。

 

 

 

 暖かく、地質も豊かな故植物が育ちやすい中国南部は歴史上、漢方医学が発達した土壌であり、処方学や学派が発達した事に対して、寒い北部ではそれを補うかのように鍼が発達したのだという。鍼の知識、技術を深めるためにも、彼と共に中国北部の瀋陽市の大学に「転校」。大学での勉強、またインターン生として、大学病院や個人医院などで実際に鍼灸を施し、実施経験も積んでいった岩本さん。気づけば6年が経っており、国際ライセンスを習得するにまで至っていた。

 

最もお世話になった教授には、大学内で日本語教師のアルバイトも紹介してもらった。

 

 

 

パリでなくてもよかった…けれど

 

 思いがけず、10年近く勉学に励み暮らした中国の地を離れ、手にした技術を職業として活動していくために、次の行き先をどこにすべきか話し合った。「絶対にパリに戻ろうとか、そういう考えは全くなかったんです」と、岩本さん。そんな時、フランス領の島にあるリゾートホテル内のスパ施設に、美容鍼のメニューを加えたい、と鍼灸師を探していた人との出会いがあり、2011年秋、話し合いのためにパリに一旦戻ることとなった。しかし、最終的には現実化されない企画となり、そのままパリに留まることとなった。

 

 

 

 パリ出身の夫(中国在住中に結婚)の親戚から、アトリエを借り受け、鍼と消毒液を買いそろえ、思ったより早く鍼灸診療所を開設することができた。

 「なんとなくパリに…」生活の場を構えた夫婦だったが、パリ出身の夫は、実は「パリ嫌い」。帰国直後から、「地方に移り、自給自足の生活をしながら診療所を」…と常に考えていたのだという。パリに戻って一年ほど経った頃、縁あって地方への定期的出張診療が決まり、月の半分パリを離れるようになった。自然に恵まれた素晴らしい環境、患者も増えたこともあり、「移住したい」と口にするようになった彼。その一方で、元々田舎暮らしに抵抗があった岩本さんは、パリでの顧客が徐々に増え始めていたこともあり、「このままパリで活動していきたい」と、別々に暮らしていくことを決める。

 

 

 

口コミに支えられて

 

 「東洋医学はグレーゾーン」と言うように、フランスでは「内科医でないと鍼を打ってはいけない」とされてはいるが、国際ライセンス所持者の岩本さんは、WHOや西欧でもライセンスの有効性が証明されているため、フランス中医医師連合会(UFPMTC)に登録し、自由業としての営業が許されている。しかし、「痛そう」などという先入観から、「鍼を打たれる」ということに抵抗を持つ人はもちろんたくさんいる上に、そもそも西洋には「鍼灸とはどういうものなのか、果たしてその効果や身体への影響とは」といった知識が既に浸透しているものではない。開設当初は、まずは先入観をとりはらってもらうことから始め、患者一人一人の容態・症状などを根気よくヒアリングし、時間をかけて誠意を込めて、打ち込んだ。その甲斐あってか、定期的に通う顧客がつき、そこからの口コミのお陰もあって、診療を希望する患者が年々増えていった。

 

 

 

 

 

西洋で東洋医学を実践するということ

 

 顧客の約6割は、「もともと鍼に興味があるフランス人」。ホメオパシー(同質医療。代替医療の一種)を専門にする内科医師に勧められて来所する人が多いのだとか。長年診察しているうちに気づいたのが、「東洋と西洋の鍼に対する認識の違い」。日本人の患者は「外科的」治療のため(例えば、腰が痛い、肩がこるなど)に鍼灸に通うことが多いのに対して、西洋人(フランス人)は「精神、心理内科的なケア、内科疾患でいらっしゃる方が多い」。médecine douce だけで治療したい、と考える人が増えている故、また東洋医学にある種のスピリチュアル性を求めている表れでもある。定期的に通う患者の中には、特に大きな症状はないけれど、「体調を崩しやすい季節の変わり目に」と鍼灸施術を受けに来る人、「エネルギー調整をしてください」「ストレスが多いので、落ち着けてください」といった要望を持つ人と、様々だ。

 

 

 東洋医学の教えによると、感情によって傷つきやすい臓器(五臓)、またそこから連動していく臓器(六腑)があるという。怒りは肝臓(と関連する胆のう)、悲しみは肺(大腸)、考えすぎは脾臓(胃)、恐れは腎臓(膀胱)、過度の喜びは心臓(小腸)、イライラや感情の上下が激しい人は、心と肝の気のバランスが崩れやすい、など実に奥が深い。自然医療の医師の指示で岩本さんの元を訪れる患者の多くは「ここを診てもらいなさい」とすでに説明を受けている人も多くいるのだとか。

 慢性的な疾患から、急性のものまで幅広く対応出来る鍼灸治療の需要は、年々増しているのにもうなずける。

 

 

 

 

専門家とのネットワーク

 

 フランスで生活し、東洋医学を実践する中、パリにおける、自然治癒力を高める予防医学を理想とする医療の専門家とのネットワークも徐々に確立していった。鍼灸で治療できる症状は岩本さんが請け負えるが、例えばそれが体のゆがみ・骨のゆがみからくる症状であるのならば、紹介できる整体、整骨、運動機能治療の専門家たちに委ねる。また食べるものからケアしていきたいと希望する患者には、栄養士や自然療法士などへと繋げる。その他、主にホルモンに働きかける必要のある婦人科患者には、産婦人科医師や助産婦との共同治療が必要となる。抗癌剤副作用を和らげるために、癌患者と寄り添いながら施術を行っていくこともある。西洋薬で痛みを抑えるように、一度の施術で全て解決すると思いがちな患者も中にはいるが、完治には疾患に至った時間の2、3倍の時間が必要、そしてなによりも普段の生活習慣を改善することが一番大事なのだという。

 

 

 

 全ては患者一人ひとりの健康のため、より良い治療を施していくために、各種の専門家たちが力を合わせる。そこには、西洋・東洋の境はない。西洋医学と東洋医療、両方を必要な部分で用い、補いあっていくことで、症状の完治だけではなく、患者の治療能力を高めていくための、共同作業を確立していくことが理想だ。

 

症状、患者の希望によって、鍼に低周波を通して治療することも

 

 

「苦手」だから、時間をかける

 

 日々多数の患者が岩本さんの施術技術を求めて診療所を訪れる。ヒアリングなども含め、一人の患者さんに約1時間半を費やす彼女は、一日5人ほどしか受診できない。講師を頼まれることも多々あるというが、「外で教えていくよりも、患者さん一人ひとりにじっくり時間をとって、ケアをしていきたい」という気持ちから、ほとんど断っているのだとか。「鍼は、実は苦手なんです。はじめて患者さんに鍼を打った時、インターン生だったんですけど、病院で患者さんに40本とか50本とか、大量の鍼を打って、その姿を見てるうちに、なんだか気持ち悪くなってしまって、慣れるまでトイレに駆け込んでいました」。

 

 

 「苦手」だからこそ、真剣に向き合う。施術開始時には、「仕事道具」として決して欠かすことのないという黒縁眼鏡をかけ、表情を一転させる。各ツボの経絡の気を逃さないため焦点をしぼり、しっかりと気を鍼で捉える瞬間まで、そのまなざしから緊張感が解き放たれることはない。「まだ器用に、数名の患者さんを一度に診る余裕がないのかもしれませんね」、と笑う。

 小さな袋に入れていたり、自宅の日当たりの良い場所にまるで祀るように飾られているたくさんの石には、日々「パワー」をもらっているという岩本さん。中には、「苦手」だった「人との関わり」を克服するために、力をくれるものもあるのだとか。

 

 

 数十台のベッドがずらりと並び、機械的に鍼を打っていった中国の病院での経験から、自分に合った診察方法を探求した。そして現在では、こじんまりとした診療所のただひとつのベッドの上で、全てを彼女の腕に委ねる患者達に日々寄り添う岩本さん。中医療の本場で得た貴重な知識と技術も、一人ひとりの患者とその症状と向き合うことによって、活かされている。

 

 

 

 

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岩本みずえさんの鍼灸診療所

 

50 rue des Cinq Diamants 75013 Paris

parishinkyu@gmail.com より、要予約

営業時間 10時-20時

日火定休

メトロ Corvisart

 

 

 

食べるものが体を作る

 

 一日中、黒縁メガネをかけて、患者の身体とその疾患に向き合っている岩本さん。元々がデザイナー志望で、美術キュレーターを志したこともあって、美術館巡りや、パリの美しい街並みを自転車で散歩することが息抜きになるのだと言う。普段の食生活で特に気をつけていることは、「自由に、旬のものを口にする」こと。「食べるものに気をつけるのはとっても大事。特に旬のものを摂ることは、健康を維持するのに直結する。例えば、ジャンクフードばかり食べてる人、化学薬品を日常的に服用している人は、鍼の反応が悪い。身体を巡るエネルギーの気をとりやすい人、とりにくい人では、鍼の効果も変わってきます」。もちろんできるだけ有機栽培の食物を取り入れるよう心がけてはいるが、縛られるのではなく、適度に力を抜くこともポイントのようだ。「100パーセントである必要はないと思うんです。気をつけながらも、食を楽しむ。それも健康維持の一環」。そんな岩本さんは、友人と共に自然派ワインを堪能するのが大の楽しみなのだとか。紹介してくれた「行きつけの店」では、ワインの販売も行われており、「ものすごく高いものから安くて気軽に楽しめるボトルまでバリエーション豊かで、適した飲み方だけでなく、ドメンヌやブドウの話もしっかりレクチャーしてもらえる」ので、楽しみも倍増するのだとか。

 

 

岩本みずえさんご用達の店

 

ラ・ローブ・エ・ル・パレ

「ナチュラルワインのバリエーションの豊かさに毎回驚かされるビストロ。ワインリストはあえて表示しておらず、オーダーする料理や予算、自分が飲みたい風味などを伝えてソムリエでもあるオーナーが選んでくれる。自然派ワインの醍醐味がしっかり楽しめる。勿論料理も厳選された新鮮な旬の食材で、風味を大事にした味付け。」

©La Robe et le Palais

 

La Robe et le Palais

13 Rue des Lavandières Sainte-Opportune
75001 Paris

+33 (0)1 45 08 07 41

営業時間 月-土 12時-14時30分 19時-23時

日定休日

メトロ Châtelet

http://larobeetlepalais.fr/fr

 

 

ムッシュ・アンリ

「北マレにあるナチュラルワインバー。一人でもカウンターでおしゃべりしながら自然派ワインを楽しめる。タパスの種類は少ないが、厳選したチーズやハムは絶品。」

©Cyril AINSRI / Monsieur Henri

 

Monsieur Henri

8 Rue de Picardie, 75003 Paris

+33 (0)1 57 40 67 76

営業時間 月-土 19時-25時30分

日定休日

メトロ Temple

 

 

 

ソヴァージュ

左岸イチ押しのナチュラル系ワイン・カーブ兼レストラン。 同世代の女友達などと、「軽く飲みたい、そして軽めの美味しいものを楽しく頬張りたい」といった時に利用する店。フルーツを使った可愛らしい前菜が多く、お気に入り。

 

Sauvage

60 Rue du Cherche-Midi, 75006 Paris

+33 (0)1 42 22 17 30

営業時間 月-土 12時30分-14時 18時30分-22時

日月定休日

メトロ Saint-Placide

 

 

Remerciements: 

Mizue Iwamoto

 

 

 

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稲沢貴雄(料理人/「CUISINE」共宰)

ChibiRu(手ヅクリ家)

加藤亨延(記者)

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