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九重加奈子(イラストレーター)


九重加奈子(Kanako Kuno) 東京都生まれ。多摩美術大学油絵学科卒業。2005年渡仏。ウェブ版のニュースレター、MY LITTLE PARIS (マイ・リトル・パリ)の立ち上げ当初から、看板となるキュートなイラストを提供し、パリっ子を虜にする。

https://www.mylittlebox.jp/home (マイリトルボックス公式ウェブサイト)

 

パリジェンヌを魅了する ペンを持ったシンデレラ

はたして、九重加奈子さんが描くイラストを見たことがない、というパリジェンヌはいるのだろうか。

今では、リヨン、マルセイユなどのフランスの都市だけでなく、日本で発売されているミネラルウォーターのボトル上でも展開されている彼女のイラスト。2013年にはシャンゼリゼ大通りを飾り、2016年11月中旬からは改装中の老舗百貨店を覆う。


おえかきがしたい

小さい頃から絵を描くことが好きで、気が付けばいつもなにかしら描いていたという九重さんは、幼少期をブラジルで過ごした。両親に聞いた話や写真、朧げな記憶のどこかにある色や光、その遠い国の残影を子供ながらに追い求め絵にしていたのか、当時のものには、あまり日本らしくないものが多いという。

 多摩美術大学の油絵科に入学するが、そこには自分の居場所がないように感じた。「面で描く」、つまり絵具を重ねて作り上げる油絵画に対して、九重さんが好きなのは「線で画く」輪郭。周りの学友たちは、表現したいことがあるから専攻した油絵科も、九重さんにしてみればそれは「おえかきに一番近かったから」。自分はいわゆる「芸術家」ではなく、好きなことを描いてよいと言われてもどうすればよいのかわからない。また、小柄な九重さんは大きな絵を制作するのが体力的にもきつく、「もっと小さな絵を描くのが向いている」と思うように。

 そんな時、専攻していたイタリア語の先生に「参考書のイラストを描いてくれない?」と頼まれる。あまり深く考えずに引き受けたが、やっているうちあまりの楽しさに「コレだ!」と思った。ある定められた枠の中でする仕事。必要に応える、そして実用性があるという喜び。また、出版社からお給金をもらい、印刷されたものを手にする充実感。美大では、イラストは邪道という見方が当時はまだあり、肩身の狭い思いをしていたが、この仕事を機に開き直れた。


自立するために、ゼロから始める

大学卒業後、画材屋の定員やお絵かき教室で子供にデッサンを教えるアルバイトをしながらも、やっぱり自分の絵が描きたいと常に思ってはいたが、明確に未来図を描くことができずにいた。

 そんな折、伯母のフィンランド転勤が決まり、便乗して海外に出てみようと一時日本を離れることに。初めての海外での生活。生まれ育った環境を離れ、暮らし始めたフィンランドでの生活は何もかもが新しく刺激的だった。どこか日本を思い出させるものもあり、居心地はよかったのだが、心のどこかで「ここではない」と感じてしまう。イラストの仕事も継続してはいたが、手元にはいってくるのはお小遣い程度で、自立の足しにはならなかった。そして二年の滞在後、今度はハワイ行きの飛行機に乗る。常に太陽の光を追い求めていた冬の長いフィンランドとはうってかわって、ハワイではいつも水着姿。それもすこし味気なく思えてきた一年半後の2001年、日本に帰国することに。ハワイ滞在中にホームページの作り方を学ぶ機会があったので、帰国してすぐにイラストをまとめ、300件近くのデザイン事務所や出版社宛てに送信し、売り込んだ。そこから、英会話の参考書に定期的にイラストを提供するという仕事を受けることとなり、フリーランスとして安定した収入を得ることになる。自分の絵で食っていける、とここではじめて思えたという。

 それでも、どうしてもまた海外に出たかった。今度こそは、誰も頼れる人のいない未知の世界でゼロから出発したい。

 2005年、パリ行きの飛行機に乗り込んだ。



「たまたま」が運命に

  「すごく運が良いんです」とさらりと語る九重さん。確かに、彼女は強運の女神さまに見守られているような気がする。

 彼女の人生を大きく変えた、MY LITTLE PARIS(以下、MLP)での仕事。それは、ジョギングでたまたま近くを走っていた創設者姉妹の妹・アマンディーヌさんが、たまたま立ち寄ったギャラリーで、たまたま手元にあった売れ残りのイラストポストカードを展示し、たまたま店番をしていた九重さんに声をかけたところから始まった。今思えば、初めて参考書のイラストを描くことになったのも、そこに「たまたま」他に絵画学科の学生がいなかったからだし、送ったポートフォリオが目に留まったのも、「たまたま」それまで来ていたものを段ボール箱に詰め終わった後の第一号だったから。でもそんな強運も、いつも「一番ピンチの時に降って来る」というから、女神さまはきちんと試練も与えてきたと言える。

 アマンディーヌさんが初めて九重さんに連絡をしてきたのは、その「運命的な」出会いから一年も後のこと。MLPの立ち上げが迫っている中、至急イラストレーターを見つけないといけない、と姉のファニーさんと電話中に、九重さんの「禿のおじさんがピアノを弾いている後姿」のイラストが「たまたま」目に入ったから。

では、それまでの一年はどう過ごしていたのだろうか… 新しい友達はできたし、ポートフォリオもたくさん送り、パリの「自立した」生活を堪能していた。日本のイラストの仕事も継続はしていたが、やはり少しずつ減っていた。そして円安-ユーロ高の変動が、生活を直撃。「どんどん貧乏になっていった」。そんな「どん底の頃」の、MLPとの再会だった。


紙面から画面、そしてシャンゼリゼ大通りに

サンペの画集を目印に再会したアマンディーヌさん、そして初めて会う姉のファニーさんから「誰もが内緒にしたくなるような、とびっきりのパリ情報をコピーヌ(女友達)と共有するように、ニュースレターでお知らせする」というMLPの主旨を説明され、半信半疑だった九重さんの瞳はきらきらした。今までの参考書のお仕事とは違い、ただきれいな絵が描ける。しかし、そこには問題があった。それは、当分は無報酬だということ。それでも九重さんは、パリの女の子たちと一緒に楽しいことができる!と引き受ける。待ち合わせしたバーの名前は「カルぺ・ディエム」(今という時間を楽しめ、という意味)。「たまたま」とは思えない、まるで女神さまからのメッセージのようだった。

 そこから九重さんは、パリの屋根や街のどこかを切り取った風景、おしゃまなパリジェンヌたちといったイラストをたくさん描いていった。当初の忠告通り、最初のうちはまったく無報酬。それでも楽しくて描き続けたイラスト。彼女のイラストが飾る初めてのニュースレターが、小さなサークルに送信された後、口コミでどんどん広まり、あっという間に人気に火が付いた。そして、2008年にMLPが非営利団体から会社になった際、初めての給金を手にする。誰をも魅了する彼女のイラストはパリ市の目にもとまり、なんと世界一美しいと誉れ高いあのシャンゼリゼ大通りをはじめとするパリの名所で展示されることに。まさに、シンデレラストーリーだ。

生活を楽しくする魔法の絵

 MLP編集部からは、毎日のように大量のイラストの依頼が舞い込んでくる。週に一度は顔を出すが、その他は専ら自宅のアトリエに篭り、黙々と一人で全て下描き、色付け、仕上げているのだという。ユーモアたっぷりで、パリジェンヌの心理をしっかり掴んだイラスト。編集部から細かい指示が出ることもあるが、その都度、街に出てはパリっ子たちの表情・言動などを自分の目で観察し、記憶し、紙の上に写し、生かしていく。だからこそ、彼女が描く人々は常に活き活きしていて、見る人を頷かせ、微笑ませ、魅了するのだ。

 MLPは、その後もパリ版に留まらず、リヨンやマルセイユといった他の主要都市版でも展開される。また、ウェディング、キッズ、ブッククラブ、定期的に厳選されたグッズを配送するというボックス(日本でも2013年より販売。詳しくは上記ホームページから)やスマホ用アプリなどで、幅広くフランス人の暮らしを楽しくしている。仕事量は増える一方だが、九重さんは「締め切りを守る」という一見当たり前のようなことを、何よりも大切にしている。質を求めるのはもちろんだが、そのために期限を超えてしまうことは絶対しない、というのが彼女の自分に課した目標。そうやって売れっ子イラストレーターの地位を確たるものにしていった。


「モンマルトルの家」内で展示されている九重さんの作品

「モンマルトルの家」内に飾られている九重さんの作品


MLPとは、フランス国内のモード、コスメ、広告関係からの依頼は受けない、という部分的専属契約を結んでいるため、他方から入ってくる数々の魅力的なお誘いも、その都度編集部と相談し、受けるか否か決めているのだそう。そしてその中に、2016年11月中旬から、改装工事中の老舗デパート、ラ・サマリテーヌを覆いかぶさる幕にイラストを施す、という世にも素敵なプロジェクトがある。パリ市中からも、セーヌ川からも見ることができる九重さんのイラストには、観光客の目も釘付けになるだろう。また、目下MLPの「モンマルトルの家」という、一年公開イベントの準備中。彼女のオリジナル作品も数々飾られ、素敵なインテリアが詰まったお家の中には、九重さんの「お部屋」もあるという。(詳しくは http://www.mylittleparis.com

外国人だから見えるパリ


 九重さんの描くコケティッシュでとびっきりお洒落なパリジェンヌは、まるで彼女の分身のよう。そのインスピレーション源はずばり、フランス人たち。思えば、フィンランド滞在時代に訪れた南仏で見かけたフランス人の印象は強烈だった。親切でもなんでもないのに、味があって、誰もが舞台にたつ役者の様に見ていて絵になる。この国で暮らすのは大変だろうけれど、きっと面白いのだろうな、と思った。そして、いざフランスに来てみると、実は好きだったものがたくさんあった。ジャック・タチの映画、ペイネやサンペのイラスト、ノルマンディーの色合い…



 MLPでパリジェンヌのイラストを描いているうちに、どんどん変化もしていったイラストスタイル。必要に駆られて、それまでよく描いていた「体格の良い人」が、だんだんとスマートな女の子に変貌していった。また、お洒落なパリジェンヌを描くにあたって、その服装や佇まいなどの研究も重ねたという。フランス人にとってみたら何でもないようなしぐさも、九重さんのペンにかかると、とても特別なものに見えてしまう。

 大変なことはたくさんあったけれど、居心地が悪くて当たり前。「だって外国人なんだもん」と開き直れて、気持ちが楽になった。パリには、絵にとって栄養となるものがそこらじゅうに散らばっていて、ずっと住んでいたら気づかないような場面や表情も、外国人の彼女だからこそよく見えるのだ。

 5年前にやっと、念願のリオ・デ・ジャネイロ旅行を果たすことができた。「本当にあるのか確認したかった」と笑って話す九重さん。彼女の頭のどこかが、ブラジルを第二の故郷と思い込んでいたのかもしれない。もし、あのまま九重さんがリオで暮らしていたら、褐色の肌の開放的なブラジルっ子を描いていたのだろうか。そんなこと、パリジェンヌたちは、想像することすら許さないだろう。

 九重さんにはずっと、パリだけを描いていてほしいのだから。


素敵なお店をどんどん開拓

 フランスに住んでいるというのに、実はあまりパンは食べない「ごはん派」の九重さん。仕事の合間にはよくお米を炊き、マルシェなどで調達してくるお惣菜と一緒にいただく。また、好奇心旺盛な九重さんは、新しいお店を開拓するのが大好き。もちろん、MLP上で紹介され、彼女がイラストを提供することもある「誰もが行きたくなるような素敵なお店」を利用することもある。雰囲気が素敵だったり、ごはんが美味しかったりと理由は様々だが、その中から特に気に入ったお店があると、再度訪れることも。また、友人たちと楽しくお酒を飲みながらつまむ「居酒屋」の様なお店探しも楽しんでいるのだそう。


九重加奈子さんご用達の店

ブルー・ヴァランティーヌ

自宅に近いこともあり、よく利用するという、日本人シェフが厳選した食材を使ったフレンチレストラン。オリジナルカクテルもお気に入り。

Blue Valentine

13 Rue de la Pierre Levée, 75011 Paris

+33(0)1 43 38 34 72

営業時間 12時-14時 19時-22時

ランチは木-日のみ。

ディナーは水-日。

火・水定休

カンデラリア

タコスとフローズンマルガリータが大のお気に入り、というお洒落なメキシカンバー。

Candelaria

52 Rue Saintonge 75003 Paris

+33(0)9 80 72 98 83

営業時間 12時-23時半 (日から水は22時半まで)

バーは18時-26時無休

Remerciements:

Kanako Kuno, My Little Paris

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お知らせ

今を時めくイラストレーター、九重加奈子さんの個展が開催されます。

期間:2017年11月8日より、2017年 11月25日まで

Galerie Glénat

Carreau du Temple

22 rue de Picardie 75003 Paris

Open from 11:00-19:00 Tuesday to Saturday

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