#ParisMonogatari 

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大島莉紗(ヴァイオリニスト)

November 23, 2019

Lisa OSHIMA(おおしま りさ) 東京出身。桐朋女子高校音楽科を卒業。1997年より渡英。英国国立音楽大学大学院に留学し、フェリックス・アンドリエフスキー氏、トーマス・ツェートマイアー氏に師事する。同大学院修士課程を過去最高点・首席で卒業。2002年ドイツ・ラインランドファルツフィルハーモニー管弦楽団に入団。2003年、パリ国立オペラ座管弦楽団入団。以来、パリ・オペラ座を拠点に、ヨーロッパ各地で、ソリスト・室内楽奏者として多彩な活動を展開している。第18回リピツァー賞国際ヴァイオリンコンクール入賞、第9回ポスタッチーニ国際ヴァイオリンコンクール入賞、ヤマハ・ヨーロッパファウンデーションコンクール優勝を始め、数々のコンクールに入賞。

ブログ「パリ・オペラ座からの便り」 http://lisaoshima.exblog.jp/

 

伝統ある場で万人を魅了しながらも

自分だけの音楽を追求

 

 

 パリを代表する建造物、オペラ・ガルニエ。パリ11区にあるオペラ・バスチーユと共に、フランスを代表する音楽施設として、世界中から観客が集まる。舞台と客席の間に位置するピットで演奏するパリ国立オペラ座管弦楽団・ヴァイオリニストの大島莉紗さん。華やかな演奏で世界のオペラ音楽ファンを魅了しながら、ソロ奏者としての向上を目指し、自身の音楽を追求している。

 

 

 

 

上達するのが好き

 

 近所のお友達がやるから莉紗ちゃんも一緒にどうかしら…

 ピアノに比べて数段小ぶりな楽器なので場所もとらないし… 娘にはなにか習い事をさせたいと常々思っていた母親に提案され、4歳からヴァイオリンを習い始めた大島莉紗さん。小さい子供がヴァイオリンを始めるにあたって全世界で用いられているという「鈴木メソッド」のヴァイオリン教室に通った。その一年後からは、父親の「会社の方の紹介で」音大の先生に習うようになる。そのままヴァイオリン教室に通うという選択肢ももちろんあったが、「せっかくやるのだったら本格的に…」と言うほど、当時若干5歳の大島さんの才能には目を見張るものがあったのか。「お友達と遊びたかったから、練習はあまり好きではなかった」が、レッスンに通うこと自体は好きだった。先生に褒められるのが嬉しい、上達するのが楽しい。「よく頑張ったわね」と言われ、頬を紅潮する女の子が目に浮かぶ。それでも、人前で演奏するのは苦手で、毎年恒例の発表会が正直苦痛だった。人前に出るのは得意ではない。視線に触れるのは恥ずかしい… 後に世界中の観客を魅了するヴァイオリニストとなる大島さんも「人見知りは小さい頃からで…」と声を小さくする。

 

 

 

 

学校オケで海外遠征

 

  始めた頃は、通常サイズの1/16のミニ・ヴァイオリンを弾いていた。成長するごとにサイズを大きくしていくのだが、やっと「大人サイズ」で演奏できるようになったのが中学生に上がる頃。高校までエスカレート式の私立中学に通っていたのだが、迷った末「ヴァイオリンをやりたい」想いで、音楽科のある高校を受験した。実技(演奏)、聴音、ソルフェージュなどの難関試験を乗り越え、晴れて合格・進学したのが都内の桐朋女子高等学校音楽科の弦楽器科。数々存在する学生オーケストラに入るためにはオーディションを受けなければならない。1-2年生の頃は「ベーシックな」学年オケ、そして3年生になると大学生と合同の学校オケに入る事ができる。大島さんが3年生の年には、アメリカ東海岸、そしてフランスのエヴィアン市の音楽祭での海外遠征出場が決まっており、「必死で」練習してオケ入りが叶った。

 「はじめての外国」。憧れのホールでの演奏。日本では、既にサントリーホールでの演奏を経験していたが、ニューヨークのカーネギーホールとなると、冷静な大島さんも流石に興奮したという。音の響きが素晴らしい…世界中の名だたる演奏家たちが目標とする格式あるホール。憧れの音楽家たちが、ここで演奏をしてきた。そんな歴史を肌で感じた。

 

 イタリアのコンクールで

 

 

言葉を超えたコミュニケーション

 

 アメリカ遠征から一旦帰国。2か月後にはフランスに渡り、エヴィアン市が開催する音楽祭に参加した桐朋学園学生オーケストラ。巨匠、故・ロストロポーヴィチ氏(チェロ)が主催、世界中の指揮者やソリストと共演するという企画で、一か月「夢のような」日々を送った。大変厳しく「一音一音細かく指導された」小澤征爾氏、世界的フルート奏者ゴールウェイ氏と共演できたことも、貴重な経験となった。中でも「一生忘れることはない」と断言するのが、故・ロストロポーヴィチ氏との演奏でコンサートマスター(コンマス)を務めたこと。同音楽祭では、演奏毎に違う(オケ内の)ポジションを担うスタイルを取っていたため、最年少の大島さんにもコンマスの番が回ってくることも、公平と言えば公平。しかし、「あの」ロストロポーヴィチとの共演でのコンマス、となると話は違う。やっかみの対象となってしまったが、嫌みを言われたら聞き流し、一心不乱に練習・演奏することのみに集中した。すると、あることに気付いた。

「言葉を超えたコミュニケーション」、それが音楽なのだということ。

 

 

 

アメリカよりヨーロッパ

 

  遠征ツアーも無事終えて、日本に帰国。しかし「世界トップレベル」の音楽家達との共演を経験してしまった大島さんは、「もう学生オケはいいかな」としか思えなくなってしまっていた。留学を意識するようになった彼女は、同学園の大学のソリスト(ソロの演奏家)としての将来性を持つものとして認められた学生のみが進める、ソリスト・ディプロマ・コースに進学する。実技試験のレベルは高くなるが、その分オケの参加義務もない。また、演奏活動との両立や、海外留学などを視野に入れている学生が対象なので、身動きがとりやすい上に、普通のコースに比べ学費も低く、留学の準備をするには最適だった。

 

 

 高校時代、遠征中ニューヨーク、ボストンなど回るうちに、「なにか違う」と感じた。「時間の流れ方が日本と同じようで、日本を出る意味がないように思えた」という大島さんはいたって「マイペース」。常にせかせかと、時間に追われたような感覚を覚えたアメリカは、自分には合っていないのではないか。必然的にヨーロッパを意識するようになるのだが、習う予定になっていた先生が病に倒れたため、ウィーン行きを断念。結局、ディプロマ・コース在籍中に留学することはなかった。

 

 

 

師匠を求めて

 

  「学部ではないので」教職課程には進めない。しかし、そもそも教えることには「まったく興味がなかった」。音楽科に進学を決めた中学生の時から、いずれは音楽家になる覚悟を決め、中途半端な気持ちは全て置き去りにしてきた。大学在学中には、NHK交響楽団にエキストラ(団員が足りないときに入るメンバー)として、ちょくちょく「お手伝い」に行っていた。卒業後も引き続き補足メンバーとして参加したり、個人レッスンに通ったり、コンクールを受けたりと、海外留学の機会を見計らっていたのだが、習いたいと思える先生が見つからないでいた。

 そんなある日、参加したコンクールで「すごく好きな演奏をする子」がいた。「これは!」と思った。早速その若き音楽家の先生に手紙を書き、ロンドンで行われる講習会に赴く。思いがけない形での「師匠」アンドリエフスキー氏との出会いだった。

 

 

 

完成させるのはコンサートで

 

  1997年、王国国立音楽大学で教鞭をとるアンドリエフスキーに教わるため、同大学院に入学した大島さん。ロシア人の先生の元に集まるのはロシアや東欧人の学生ばかりで、英国人とはほとんど交流がなかったという。先生が実践したメソッドもロシアのもの。一言で括ってしまうと「つめこむ」タイプで「一回のレッスンで習う量、勉強する量がすごくて、進み方が全く違った」。大島さんが住居とした、学校の目の前にある「演奏家の多い」女子寮は、朝8時半から夜10時まで演奏が許可されていたので、思う存分練習することができた。

 

 恩師80歳のバースデーパーティーにて

 

 弟子入りする際には「弾けるものリスト」を提出する。先生は、「次はこれ、その次はこれ」と弾いていないものばかり、彼女に課した。日本では「一楽章だけ」弾くようにと言われることが多かった。「全部弾けるようになりなさい」ととにかく数をこなしていくことを重要視していた先生に「完璧でなくてもいい。コンサートで完成させるんだ」と諭されたのだった。実際先生は、大島さんに数々のコンクールやコンサートの機会を与えてくれた。ソロでのリサイタル。学内のオーケストラと、市中の教会などで共演することもあった。某名門英国産車メーカーと大学が共催する演奏会の主要メンバーとして、世界中の英国大使館を周った際には、日本での演奏も果たした。伝統的なホールで演奏する度に、自分も歴史の一部となれたみたいで、誇らしかった。

 

 英国王立音楽大学卒業式

 

 

ソリストとしての在り方

 

  一年で日本に帰る予定だったが、文化庁の奨学金を受けることになり、合計四年英国に滞在した大島さん。最初の二年、修士課程を過去最高得点・首席で修了するまでアンドリエフスキー氏の元で師事した後、残りの二年は、オーストリア・グラーツの大学に入学。とはいっても「習いたい」先生-ツエートマイアー氏-がツアーに出ていないとき、大体月1回だけ、ロンドンから通学する形をとった。「在学中にローコストの航空会社ができたので助かりましたけど、通うのは体力的にも大変でしたね」。

 指導者というより芸術家の彼は、自我も強く、振り回されることもあったが、繊細で独創的な演奏をし、どうしても教わりたかった。また、彼に「ソリストとしての在り方」を垣間見た大島さんは、これからの自分の将来を考えるようになる。

 

2017年のコンサートツアーにて

 

 

大陸に渡る

 

  留学期間も終わりに近づいた頃、このまま日本に帰るのではなく、クラシック音楽の中心、世界の音楽家が集うヨーロッパに留まりたい、と強く思うようになっていた。そのためには滞在許可証が必要で、取得するためにはオーケストラに入らないといけないと思い、就職活動を開始。しかし、イギリスではオケに入団したからと言って、必ずしも労働ビザが下りるわけではないことに気付かされる。「どんな有名なオケに受かっても、ビザが下りないのであれば入団できない」。そこで勧められたのが「大陸に渡る」選択。大陸側で働き始めた後に再度申請をすれば、取得しやすくなるかもしれない。一縷の望みをかけて、大陸側のオーディションを受け、ドイツ・マンハイムのオーケストラの入団が早々と決まった。しかし、東京やロンドンといった大都会でしか生活したことのない大島さんにとって、地方都市・マンハイムは刺激が少なく、物足りなさを感じてしまう。「ビザも取ってもらって、申し訳ないとは思った」が、夏休みの間講習会で訪れたフランス・ナンシーで知り合った先生に、パリを薦められたことをきっかけに、初めてフランスを意識するようになった。

 

 

 

パリを避けていたのに

 

  華やかなナンシー。首都のパリはきっともっと楽しいんだろう。ロンドンも近くなるし…「運よく」たまたまそのタイミングで、パリ・オペラ座管弦楽団の募集があった。募集要項が英語でも書いてあったので、早速受けてみると、見事合格。実は、「フランスで勉強していないと、受けても仕方がないよ」と周りに言われていたこともあり、それまで意識的にフランスのオーディションを避けていた、と大島さん。また、オペラ音楽があまり好きではなかったため、シンフォニーオケのオーディションばかり受けていたのだという。

「フランスでオペラ…」。一番避けていたパターンだった。

 

 

 しかし、入団してみると意外にも面白い発見がいっぱいあった。選曲も音も空気感も含めて「音楽が重く、どこか息苦しかった」ドイツと比べて、なにもかもが軽く感じたフランスでは、「息ができた」。いかに充実した音を出すかに重点を置くドイツ。フランス語のように、「コロコロ音が先に行く」フランスでの演奏は「新鮮だった」。

 

 

 

華やかなだけではないパリ

 

  オペラ座管弦楽団は、圧倒的にフランス人、もしくはフランスで勉強した演奏者が多く、「外部」からの入団は大島さんただ一人(2019年秋現在)。弾きなれない「オペラ音楽」と、そしてフランス語と、課題は多かった。

 

 

 入団して16年もの月日が経った。パリでの生活も板についてきたし、オペラ音楽のレパートリーも増えた。シンフォニー音楽では、練習期間が短い。しかし、演奏期間が長いオペラやバレー作品だと、一つのものをじっくり研究し、掘り下げることができる… だがその一方で、シーズン毎に演目プログラムが組まれているため、長期間同じものばかりを毎日のように演奏する。それは、英国で音楽学生として、そして演奏家として活動していた頃、次から次へと新しい楽曲に挑戦し、上達する自分を実感していた大島さんにとって、どこか「退屈」に感じられてしまうようになった。また、演目によっては数時間演奏し続けることもある。多い時には週6回の本番、そしてそのための練習やリハーサルもあり、腱鞘炎になることもしばしば。「肉体労働」なのだ。夜の公演が続くと「拘束されている」気持ちになるし、終わるのが遅いと、朝もどうしても遅くなってしまい、生活も不規則になりやすく、疲れが取れることがない。また、オペラ座のオーケストラピット(部隊と客性の間に設けられたオーケストラ用の演奏場所。客席より低い位置にある)は、とても小さな空間。ティンパニーが大きく打たれる度に「耳が壊れるかと思う」し、舞台でダンサーが跳びはねる度に、埃が舞う。

 

オペラガルニエのピット内

 

 ふと上を見上げれば、シャガールの天井画。ベル・エポークを象徴するガルニエ・オペラ座で「歴史を肌で感じ」ながら演奏していると、今でも心が震える。「オペラ座で演奏するなんて素敵ね!」とは常々言われることだけれど、「華やかなだけではない。辛いこともたくさんあるんですよ」と苦笑する。それはパリとて同じこと。「パリはきれいなだけじゃない。汚いところもたくさんある」。

 

 

 

インプットを怠らない

 

  英国でオーケストラに入団する場合、団員はフリーランス契約を結ぶことが通常。月々の固定収入はない、有給もなければ年金もない、どうしても不安定な生活になってしまう。そこをいくと、社会保障がしっかりされ「正社員」と言う立場で勤務するパリ・オペラ管弦楽団では、「安心して」仕事に専念ができた。しかし、有給休暇がとれる、とは言っても、オペラ座が閉館となる夏休み期間に「取らされている」のが現状だ。週末は関係ない。年末のクリスマス・お正月は年内きっての繁忙期なので、日本に帰省することができない。

 

 

 忙しさ故に、自分が追い求めている「音楽」をいつか見失ってしまいそうになる。同じ演目を毎日のように演奏していると、どうしてもアウトプットばかりになってしまう…「インプットすることも大事にしていかないと」。

 今でも、学生の時のように「習いたい先生」の元で個人レッスンを受けに、時間を見つけては遠方まで通っているという彼女は、普段オケでは演奏しないような曲を意識的に選び、ソロでの演奏会も続けていけるように、腕磨きを怠らない。

 また、パリで仕事をするようになってからは、毎夏日本でソロコンサートを開催している。2017年には、念願のソロでのCDを発表。「今の自分の演奏を残したい、と常々思っていました。でもなかなか実現できなくて…」。ある日、録音技師を紹介され「やろう!」とレコーディングに挑んだ。発売に併せて、日本ツアーも行ったその演奏は、各国の新聞・ラジオで絶賛された。

 

東京でのコンサートin 2016

 

 

パリを拠点に世界へ

 

  パリを拠点に世界各国の楽団に客演奏者として招聘されたりと華々しく活躍する大島さんだが、憧れるのはウィーン。「ウィーンの古典派音楽がやっぱり一番好きなんです」。だからと言って、ウィーンの楽団に入団するのは「年齢的にも厳しい」と表情を暗くする。それでも時間を見つけてはウィーンを訪れ、レッスンを受ける。「もっとうまくなりたい」と練習に練習を重ねる彼女のひたむきさは、変わることはない。

 実は「まだどこかパリに馴染めない自分がいる」けれど、それでもこれからもパリを拠点に音楽を発信していきたいと考えている。「パリはヨーロッパの中心にあるし、動きやすいということもあります。それに、芸術も料理も文化も、全てが発達しているパリには刺激をもらっています」。

 

 

 

 日本は好きだし、良い国だなーと帰省する度に思うけれど、演奏するにあたっては、どこか息苦しさを感じてしまう。「湿気も多く、建物が石造りじゃないからか、ヨーロッパで演奏するときと比べるとどうしても音の響きや流れが止められてしまうような印象を受けるんです」。

 

 音楽家として一生を全うしたいと考え、またヨーロッパで「演奏家」としての教育を受けた彼女にとって、クラシック音楽の本場・ヨーロッパの空気を味わいながら、精進していくことは「必要」なことなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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日本におけるリサイタルツアーのお知らせ

 

 

 

大島莉紗さんがヴァイオリンを譲り受けたロマン・ミンツさんとのデュオ・ヴァイオリンサイタルが、東京、横浜と京都で開催されます。

 

「このヴァイオリンで演奏し始めて2年が経ちます。イタリア製ですが、モスクワ音楽院が所用していたもので、3月の演奏会ツアーで共演するヴァイオリニストがその後所有していました。ちょうど私が楽器を探していた時期に、彼の楽器が売りに出され、私もとても気に入ったので購入しました。彼自身もこの楽器に伝わってきたロシアの音を絶やしたくなかったらしく、ほぼ決まっていた他の国の購入希望者を退け、私に渡してくれました。そのような事も今回コンサートをするきっかけの一つです」。

 

 

東京・横浜リサイタル、詳細はこちらから。

https://atelier-canon.jp/office/20200325-27lisaoshima/

 

 

 

京都公演の詳細はこちらから。

https://atelier-canon.jp/office/0328lisa-oshima/

 

 

 

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ヴァイオリン・ソナタ第1番、5つのメロディ、

『ロメオとジュリエット』からの組曲、『シンデレラ』からの5つの小品

 

大島莉紗、シュテファン・シュトロイッスニク

 

 

 2017年に発売された大島莉紗さんのアルバム。

ご購入はこちらから。

https://www.hmv.co.jp/news/article/1703190006/

 

 

 

 

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Remerciements: 

Lisa Oshima

 

 

 

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