#ParisMonogatari 

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© 2016 by エフ・エム・エス / Emi CHATEAU-HIRASAWA

小松美奈子(ヨガ・インストラクター)

 

 

 

 小松美奈子 (Minako Komatsu) 千葉県生まれ。KUNDA-YOGA主宰。高校卒業後、東京のエスモードに2年在学した後、渡仏。パリのアトリエ・シャルドン・サヴァールでファッションデザインを学ぶ。2009年、インドでヨガの教員免許を習得後パリを拠点にヨガを教える。2013年末にKUNDA-YOGAを設立し、フランスと日本を中心に、幅広くヨガの教えを伝える。

http://kunda-yoga.com/ja/

 

 

進化する自分と向き合う心を

笑顔で育てる術を伝える

 

 

 こぼれるような、屈託のない笑いが絶えない小松美奈子さんにはパワーをもらう。それはきっと、彼女の穏やかな瞳の奥に、弱さを受け入れる寛容さと、どこか超越した強さが潜んでいるから。幼い頃から思い描いていた「夢」を叶えるために訪れたパリで得たのは、当初は全く想像もしていなかった「生き方」だった。

 

 

 

 

いずれ、きっと、パリへ

 

 「みなちゃんはお洋服を作るのが好きなの?だったらいつかパリでお勉強すればいいわね。パリはファッションの都だから」。それは、お人形のお洋服を作るのが好きだった小松美奈子さんが、幼い頃に親戚のおばさんに言われたこと。その時には、「ふーん」としか思えなかったが、彼女の周りには、何らかの形でフランスを愛する人が、常にいたように思えた。高校時代の親友が、フランス哲学を勉強していたこともあってか、フランスという国とその文化は、より近い存在と認識していくこととなる。服飾に対しての興味は大きくなっていたし、「右に倣え」的な日本社会の中で息苦しさも感じていた「マイペース」な小松さんは、いずれは日本を出るのだろう、そしてそれはきっとフランスなのだろう、と漠然と考えるようになっていた。その準備も兼ねてか、片道一時間半かけて、神楽坂にある日仏学院に通い、仏語を学ぶようになる。自分には語学はむいていないんだろうな、と決めつけていたのだが、仏語はなぜか面白く感じ、みるみるうちに上達していった。それは、興味あることには突進するようにのめりこむ、そんな自分の個性を認識した経験でもあった。

 

 

 

匂いと灯りと第一ターミナル

 

 高校卒業後、東京の服飾専門学校に入学。勉学に励むが、工業的な制作を軸に展開される服飾の世界に違和感を覚える自分がいた。そこで、「クリエイティビティーを尊重する」という謳い文句のあった、パリのアトリエ・シャルドン・サヴァール校へ留学するため、下見でパリを訪れた。

 初めてのパリ。当時の印象で強烈に心に残っているのが、「埃っぽいような、コーヒーのような」、嗅いだことのない独特な街の匂い。夜の街灯がオレンジ色に統一されているのを見ては、「異国」を感じた。そして、彼女を出迎えたパリ・シャルル・ド・ゴール国際空港第一ターミナルは、UFOのような奇妙な形をした60年代の建物。「ゴダールの世界に来た気分」を味わった。

 

 

 当時既に世界中からの注目を浴びていた東京のストリートファッション。ルールに縛られず、ファッションで個性を主張する若者たちの一人でもあった小松さんは、当時のパリを振り返り、「大人の人たちは素敵でシックだと感じたのですが、若い人たちには、黒い服を着た人が多くて、おしゃれを楽しんでいるっていう印象がなかったですね」。そんな小松さんの当時の髪の毛は、ブルー。(共に来た二人の友人は赤と黄色だった)街行く人たちには、「信号機?」と声をかけられたという。

 

 

 

覆される「こうあるべき」

 

 2003年、21歳の頃、留学生としてパリに暮らすようになった。何もかもが目新しく、刺激的で、とにかく楽しかったと、目を輝かせて思い出す小松さん。しかしその一方では、わからないことだらけで、戸惑うことも多々あったという。文化的な事、国民性の違い。日本では「こうあるべき」とされたことが、当たり前のように覆されていく。カルチャーショックな出来事ばかりで、最初の二年は慣れることで精一杯だったという。

 しかし時を重ねるごとに、そんな「今までの常識にはない」パリの良いところがたくさん見えてきたのは、「異文化」の中での発見を楽しむ余裕が生まれてきたからだろうか。同様に遠くにいるからこそ、日本の良いところにもたくさん気づくことができた。写真で見た建物が、そのままの形で目前に広がる、「石に刻まれた」歴史を感じる西欧とは異なり、木や紙と言った「弱い」素材が築き上げた日本のアイデンティティー。花見や花火に象徴される、「儚きゆえの美しさを愛でる」日本独特な感性を、再認識するきっかけともなった。「こうあるべき」という定義で測り知れない、それぞれの文化が持つ独特な感覚を読み取ることが楽しくなった。

 

 

母から受け継いだ希望の灯

 

 幼少期にしょっちゅう引っ越しをしていたという小松さんは、「ふるさと」と言われて、しっくりくる場所が思い浮かばないのだという。そんな彼女と「故郷」・日本、そして家族とを繋いでいたのが、母だった。何でも相談できる母、家族を束ねてくれる母。ところが、小松さんが25歳の頃、その母が帰らぬ人となった。そして、同時期に、当時の恋人との別れも訪れる。

 自分にとってかけがえのない人を二人も同時に失った小松さんは、「自分の世界が一気に崩壊」した喪失感から、一時的に鬱状態に陥ってしまう。自分の殻に閉じこもり、不幸のどん底を彷徨うこと、半年。乗り越えるきっかけは、「ある日パーンと降ってきた」と語る小松さん。「苦しいのは自分だけではない」。愛読書「人間の土地」(サンテグジュペリ署)の中で、「自分が生きることを諦めた時点で、自分を必要としている人を見捨てることなんだ」と気づき、救われる主人公を思い出した。

 

 そしてそれは、最期まで前向きに生きる希望を失わなかった母からの姿勢とも重なった。この苦しみをバネにして前進することが、母が体を張ってみせてくれた生きる姿勢を受け継いで、実践していくことになる。「自分の意識次第で、悲しみも強さに換えられる」。翌日から小松さんは、「自分の殻」から出て、外の世界に開いていこうと決意。彼女と同じように悲しみにうちひしがれていた家族と連絡を取るようになる。くじけそうになる度に、覚悟を決めなおして、何度でも立ち上がった。

 

 そうしていると、いつのまにか、なにも怖いと思わなくなった。

 

 

なにかがちがう

 

 日本を発つとき、母に放った「もう帰ってこないと思ってね」という言葉が頭の中にあったのか。自転車から見渡すパリの街に日々感動し、「毎日綺麗と思える街」に魅了されてしまったからか。

 「自分の世界を表現するのが楽しかった」学校を卒業後もパリに留まり、マレ地区にあるショップの店員としてアルバイトをする傍ら、自らのブランド「Minacle」を立ち上げる。全て小松さんがデザインし、手作りで制作する布製のアクセサリーや帽子は、パリのサロンや日本のショップなどでも販売されるように。 自らブランドを切り盛りする中、やがて、「自分の苦手なこと」という、あまりにも身近な壁にぶつかることとなる。「クリエイティブな過程は好きだけど、スケジュール表を作り、長いスパンで計画したり、商品や素材の管理をするのは苦手。毎日同じ場所で作業するのは退屈」。また、大量の作業に追われ、バカンス先にも、ミシンや材料を担いで行くようになってしまった。家ごと背負って移動する「ヤドカリのような自分」に、「何かが違う」と、違和感が日に日に強くなる一方で、「身軽になりたい」という願望が芽生えた。

 

 

 

カチッとくることを突き進める

 

 自分って何だろう、生きるって何だろう、という問いに対しての答えを求めていた小松さんは、心理学、霊気、瞑想や哲学などに触れ、かつて学生時代友人に誘われて体験したヨガに再びたどり着く。現在、幅広く知られる「ヨガ」は、身体的ポーズ(アサーナ)による、いわゆる「ダイエットにも効果的な」運動法。しかし、インドを発祥とする「本来」のヨガとは、心と身体、そして魂、様々なばらばらとなったものを繋ぎ、ひとつになっていくための様々なアプローチが集約された「生き方」ともいえるもの。それまでの「自分にむいていないことだらけ」の仕事、なぜか常に退屈を凌ぐことを考えていた生活。瞑想し、「ヨガ」の奥深くに秘められている精神に触れていくうちに、今まで理解できなかったことが、すんなり受け入れられ、「カチッときた」。

  

 昔から「興味のあることには驚異的な集中力を発揮する」小松さん。そこから、パリのシヴァナンダ・ヨガで、3年間ボランティアとして「ヨガ三昧」の生活を送った。2009年には、ヨガの本場・インドに渡り、ヨガを教えるためのプログラムを受講、ライセンスを習得する。フランスに戻り同年ハタ・ヨガを教え始め、同時に妊娠・出産。妊娠中には、マタニティーヨガを習得。そして2013年末には、独自のメソッド、クンダ・ヨガを立ち上げた。「体ひとつで、どこででも教えられる」、それはまさに「ヤドカリ生活」を経て、「身軽でありたい」と言う強い思いに対する小松さんがたどり着いた答えでもあった。

 

 

 

潔く切る勇気

 

 渡仏当初、十数年後の自分がヨガを教えているなんて、考えたこともなかっただろう。「変わった子」とレッテルを貼られた子供時代の頃から、反骨精神をバネにしながらもひそかに「普通」に憧れていた20代前半。楽しいことがあって、辛いこと悲しいことがあって、その都度自分の中に発見した違和感や、疑問と向き合うことで、「自分らしさ」を開拓していった。新しいことを始めることは、「とっても怖かった。今から考えたら馬鹿げているかもしれないけれど、25歳の頃には、もう遅すぎるって思っていました。これから始めても、ものにはならないって」。それでも、自分を信じて進んでいった彼女は、今の生活が「楽しくてたまらない」と話す。「自分にカチってくることが見つかったら、常識や「こうしなければ」に捉われずに突き進めばいい。すぐに見つかる人もいれば、もっと時間がかかるときもある。50回以上転職したあげく、いままでなかった職業を自分で作り出し、その道のパイオニアになって活躍している友人もいます」。

 

 

 向いていないことは潔く切って、そうでないものを大事に育み、進み続けること。そこから見出せるものを信じることが、自らの幸せにつながる、そして自分の本来の役割を全うして楽しむことが全体に貢献することになる。そうやって生きてきた小松さんの瞳の奥には、揺るぎない自信だけではなく、自身のことを深く知って初めて得ることができる本物の謙虚さ、そして自分だけではなくすべての人を受け入れるために必要な柔らかさもが、潜んでいる。

 

 

おもしろくてたまらない

 

 彼女が立ち上げたクンダ・ヨガでは、イメージ・動き・呼吸を組み合わせ、体内の潜在能力を目覚めさせ、活性化させ、そしてエネルギーを巡らせる、そして血行とホルモンバランスを改善させるための骨盤筋を鍛えるエクササイズを提案している。クンダリーニという「私たちの尾てい骨のあたりに眠っているエネルギー」を活かし、ひとりひとりの独自な個性を開花することを通して、全体に貢献することをサポートする。そこには、彼女のように、「本来の自分と出会うことによって」掴める幸せがあることを伝えたい、という思いも詰まっている。

 

 

 プライベートレッスンでは、映画プロディーサーや医師にもヨガを指導。パリのヨガスタジオでもクラスを担当、定期的にヨガリトリートを開催する傍ら、パリ13区で日本語のヨガ教室も開催。最近では、講演や記事執筆依頼も受けるようになった。「よくこれだけ自分とぴったりくるものを選んだ、って我ながら感心することもあるんです。本番の一本勝負には強い。苦手だった長期的プロジェクトにも、ヨガ関連の本の執筆の依頼を受けたり、オンラインプログラムを考案したりと、自分が好きなことだからこそ、工夫して、取り組むことを厭わなくなりました。ヨガを学び、深く理解して、そして今では教えながらも分かち合い、更なる理解を深めていく。こんな幸せで有意義なことはないです」と語る小松さんは、たくさんの人々に勇気を与えてくれるのだと思う。

 

 

 かつての「こうなりたい」と打って変わって、現在の小松さんは「日本人のアイデンティティー」の黒髪に、体を包み込むような柔らかい素材の服を纏い、颯爽と前を向きながら、新たな自分の人生を着実に歩んでいる。パリの独特な匂い、怪しげな黄色い街灯、そして石に刻まれた歴史のかけらたちに包まれ、笑顔を絶やさずに、強く、優しく、潔く。

 

 

 

小松美奈子さんと共に学ぶヨガ

 

 

KUNDA-YOGAでは、パリで日本語のヨガクラスを行っています。

詳しくは、公式ホームページ http://kunda-yoga.com/ja/cour/cours-collectifs から。

 

クンダ・ヨガ/ハタ・ヨガのプライベートレッスン、及びマタニティーヨガのご予約はinfo@kunda-yoga.com より。

 

また、同公式ページでは、短期集中コース、アトリエ、その他イベント参加などの情報も常時アップされています。

 

 

 

プラナ(気)をいただく食生活

 

  子供の食育のためにも、日々の食事ではできるだけ様々な食材を取り入れるように心がけてはいるものの、自身が口にするものは「9割菜食ですね」と、小松さん。マルシェなどで軒を連ねる生産者から直に買い求めることができる野菜を、「できるだけ新鮮な状態で」、とこだわるその理由は、「プラナ」(ヨガの教えでは、あらゆるものに含まれる「気」のこと)を取り入れ、お腹だけではなく、心も満たされるような食生活を理想とするから。調理する際にも、「食物の酵素が死んでしまう」42度を超えないリビングフードの考え方を食卓の一部に取り入れるように心がけているのだそう。

 

 

 更に、フランス人が生み出したConsom’actionと言う、消費と言う行為を通じて、社会に自分たちの望む明日の社会を担うローカルの生産者や、オーガニック農園、フェアトレードなどの支援を実践。「お金は私たちの投票用紙なのよ。どこにお金を使うかで、どんな未来を選ぶのかが決まる」。フランスで師匠と仰ぐ女性の言葉に、深く感銘を受けた小松さん。以来彼女にとっての食材選びは、「体に良いから」と言う理由だけではなく、消費者として「こんな世界になっていって欲しい」と言う思いを込めた一票を投じる行為でもある。

 

 

 また、「壊れてもよいような食器」を選んでしまう「食洗器」のある生活を脱し、今では作り手のぬくもりが伝わってくるような器をひとつひとつ愛でながら、食べることを楽しんでいる小松さん。こだわりはたくさんあるが、すべてに固執せず、「こうあるべき」なルールに縛られずに、ゆるく、楽しくありたい、と言う彼女のこぼれるような笑みにも、たくさんの栄養素が含まれている。

 

 

小松美奈子さんご用達の店

 

カフェ・ジンジャー

食には少なからずのこだわりがある小松さん。素材の出処はもちろん、その調理法、また作る人の精神も気になってしまうところ。そんな彼女をもうならせるのが、カフェ・ジンジャー。フェアトレードで取引されている素材から作られるお料理は命に溢れ、お店もとても居心地が良いので、お気に入りなのだそう。

 

 

CAFE GINGER

9 Rue Jacques Cœur, 75004 Paris

Téléphone : 01 42 72 43 83

営業時間 12時半-15時半 (金土日は19時半-22時も)

月定休

メトロ Bastille

http://www.cafe-ginger.fr/

 

 

マルシェ・モンジュ

小松さんが足繁く通う近所のマルシェ。「命がつまった」新鮮な食材を、生産者から直に手に入れることができる。

Marché Monge

Place Monge 75005 Paris

水金 7時-14時半

メトロ Monge

 

 

Remerciements: Minako Komatsu, KUNDA YOGA

 

 

 

 

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